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2006年 01月 31日 ( 1 )

すべての凡庸なる者たちよ

もう1月も終わりですね。過ぎてしまいましたが、先日1月27日はモーツァルトの誕生日。250年前のこの日、一人の天才が生を享けました。生誕250年の記念にあたる今年は、新聞や雑誌などでも、この話題で持ちきりです。昨日30日の朝日新聞から、コラムを紹介します。

「すべての凡庸なる者たちよ、お前たちすべてを赦そう」 (サリエリ)

コラムでは、前半でモーツァルトの偉業を紹介したうえで、後半、ピーター・シェーファーの「アマデウス」を引いて、モーツァルトの天才に改めて思いをめぐらせます。後半部分を以下に引用しましょう。

英国の劇作家ピーター・シェーファー(1926~)は巧みな仕掛けでモーツァルト像をいまによみがえらせた。彼の「アマデウス」(79年初演)は舞台も映画も刺激的だった。
同時代の宮廷作曲家サリエリを主人公にしたのが成功の秘訣だろう。いわばネガからモーツァルトの輝きを浮き彫りにした。「すべてをあなたにささげた私ではなく、なぜあの下品な男をあなたは選んだのか」と神を呪うサリエリである。
サリエリの悲劇は、理解する人だったことだ。モーツァルトが「神の子」であり、彼の音楽が至高であることを痛いほどわかっていた。自分が二流であることも。決してモーツァルトにはなりえない人々の嫉妬と悲哀の代弁者を演じた。
「サリエリ。凡庸なる者たちの守護神!」と自嘲的なせりふを発し、自殺を図る。
息絶える前に観客席に向かって語りかけた。
「すべての凡庸なる者たちよ - 今いる者、そして生まれくる者も - お前たちすべてを赦そう。アーメン!」
27日がモーツァルト生誕250年だった。
美しいピアノ協奏曲を聴きながら思う。「いま、ここに」時空を超えて彼は生きつづけている。凡庸なる私たちは、いつまでも彼をたたえるべき言葉が見つからないまま聴きつづける。

(朝日新聞 06/1/30 「時の墓碑銘(エピタフ)」 小池民男 )

私は、この「アマデウス」を映画で見ました。サリエリに、ずいぶん感情移入した覚えがあります。
サリエリは当時の宮廷音楽家としてナンバー1の地位にあった人ですが、モーツァルトの出現によりその地位を失うのではないかという恐れを抱きました。モーツァルトの才能に嫉妬し、彼を殺そうとするほど憎みました。
けれども、モーツァルトの才能とその音楽の素晴らしさを誰よりも理解していたのもまたサリエリでした。モーツァルトの死に臨み、もうその至上の音楽が新しく生み出されることはないと悲しみにくれるのです。

サリエリだって、素晴らしい音楽家だったのでしょう。モーツァルトと比べるから、絶望してしまうのです。私も、日々様々なコンプレックスを持ちながら、それでも生徒からは「先生」と呼ばれてしまうし、お金を頂いて音楽を聴いていただく立場です。絶望せずに音楽をやっていくためには、多少目をつぶる必要もありそうです。

天才は天才、凡人は凡人。
それなりの立場で、それぞれの音楽を楽しむこと。
やはり音楽は楽しまなくちゃね、と思っています。
by yuko_kodama | 2006-01-31 21:58 | メディア(番組・記事)紹介