火曜日はピアノレッスン

火曜日はピアノレッスンの日です。

といっても、私がピアノを習っているわけではありません。NHK教育テレビで、火曜日19:25から放送されている「スーパーピアノレッスン」を、ほぼ毎週チェックしています。講師は、フィリップ・アントルモン氏。フランス出身のピアニストで、指揮者としても活躍されています。モーツァルトの作品を取り上げ、生徒へのレッスンと本人の模範演奏が放送されています。受講生は、ヨーロッパで学ぶピアニストの卵たちや、活躍中の現役ピアニストも。当然内容も充実していて、とても面白いのです。

アントルモン氏は、レッスン中に生徒の演奏を正すとき、「~だから、こう弾いたほうがよい」とか、「~と思って、私はこう弾いている」というような説明をほとんどしません。「そこはこのように弾くのです。」と実際弾いてみせるだけで、根拠となるような説明はあまりないのです。けれども、生徒は手本を聴くだけで、その理由が分かるレベルなのでしょう。何よりも、アントルモン氏の演奏が、生徒に(または視聴者に)有無を言わさぬ美しさであることがすべてなのかもしれません。

私はピアノの専門家ではありませんが、レッスンでの古典派様式の表現方法や構成の仕方など、とても興味深く見ています。楽器は違っても、同じ「クラシック音楽」。勉強になることもあるし、純粋に「好き」と「楽しい」で見ている部分もあります。
興味のある方は、ぜひ今夜の放送をご覧くださいね。
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# by yuko_kodama | 2005-05-24 12:46 | クラシック音楽の話

富川勝智 in クラスタ

5月20日(金)、国分寺クラスタでの富川勝智氏のライブに行ってきました。

富川さんは、以前同じ師匠について勉強していた兄弟子にあたる方で、現在はデュオパートナーとしても大変お世話になっています。今回は、久々にソロライブを聴きたくて、国分寺へ足を運びました。

まず驚くのは、その場で思いついた曲をさくっと弾いてしまう、そのライブのスタイル。もちろん、ある程度の構想は頭にあるのでしょうが、私にはちょっと真似できません。もちろん、この日のためにと準備してきたプログラムではないから、ミスはある・・・これは仕方ないと思います。(ごめんなさい、富川さん。)でも、音楽の価値は、ミスの数で計るものでは絶対にないのです!!
準備とは、演奏会のためにするものではない。音楽を考え、演奏を練り上げ、それを自分の中に積み上げる作業は、日々行うものであり、それが出来ていれば演奏会のための準備なんて必要ないのだ、とこの人の演奏は語っているのです。素晴らしいことだと思います。その演奏を聴いて、私はいつも「勉強」を忘れて、素直な感動を受けることができます。

もうひとつ富川さんのライブの特徴をあげるとしたら、客層です。ツウなお客さんが多い(というか、ギターを弾かない人はいない!)のです。なぜなら、ツウを納得させる演奏とレクチャーが聴けるからです。演奏は、ソル、ターレガ、トローバなど、一過性の流行曲ではない本当の意味での「名曲」がそろい、トークも、マニアックな質疑応答あり、亡き巨匠ホセ・ルイス・ゴンサレス氏の逸話あり、と盛りだくさんな内容で、満足度が高いです。

こんな方とデュオとして演奏させてもらえるのは、ギタリスト冥利につきます。一生懸命勉強して、相応しい演奏ができるパートナーになりたいですね。

終演後、クラスタでは恒例の、飛び入り演奏会になりました。私も、2曲ほど演奏するハメに。私は一滴も飲んでいなかったのに、ツウなお客さんを前にして緊張しまくり!!同日のランチライブを聴いた方は、別人の演奏だと思ったことでしょう。恐るべし、クラスタのステージ。あらためて、富川さんを尊敬しました。

♪本日のプログラム(うろ覚え)

・禁じられた遊び (作者不詳)
・ラグリマ (F.ターレガ)
・マリエータ(F.ターレガ)
・トリーハ (F.モレノ=トローバ)
・アラビア風奇想曲 (F.ターレガ)
・夢(マズルカ) (F.ターレガ)
・「魔笛」の主題による変奏曲 (F.ソル)
・ショーロス第1番 (H.ヴィラ=ロボス)
・エストレリータ(M.M.ポンセ)
・組曲「プラテロと私」より プラテロ、死 (E.サインス・デ・・ラ・マーサ)
・11月のある日(L.ブローウェル)
・そのあくる日(R.ゲーラ)

次回の富川さんのライブには、私と、楠幸樹くんが加わり、トリプルジョイントライブになります。6月17日(金) 国分寺クラスタです。どうぞお運びくださいませ。
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# by yuko_kodama | 2005-05-22 23:08 | ライブ、コンサートの話

BITからクラスタへ

今日はライブな一日でした。お昼は1時から、曙橋バック・イン・タウンにてランチライブに出演。一旦帰宅してから、夜は国分寺クラスタにて富川勝智氏のライブを拝聴。良い一日でした。

ランチライブは、いつになくお客さんが聴く体勢をとってくれていました。こういう日は弾きやすいですね。ここは、ランチ営業中の演奏なので、日によっては、演奏に耳を傾ける人なんてまったくいない時もあります。
実は、家を出る直前に、前日周到に用意したつけ爪を紛失してしまい(前述の手荒れの影響で、現在右手親指の爪が欠けてます。)、かなり焦っていました。現地へ向かう電車の中で新たにつけ爪を削って装着したものの、どうも不安定で、リハーサル中も親指がひっかかってしまい、うまく弾けない!
というわけで、本番直前に、私としては初めて、つけ爪をアロンアルファで接着する手段をとりました。普段は、つけ爪用の両面テープで固定しています。粘着力は弱いですが、爪に与える影響はアロンアルファより小さいので、もともと爪の弱い私は、これ以上の悪影響は避けたいのが本音です。
さて、演奏を無事終えて帰り支度をしていたら、持っていた上着の背中に、なんと紛失したはずのつけ爪がくっついているでありませんか!!出かけるときに、用意してあった爪の上に上着を置いてしまったみたいです。はぁ~~~、脱力・・・・。

♪本日の演奏曲目(曙橋 Back in Town)

・ロートレック讃歌 (E.サインス・デ・ラ・マーサ)
・映画「禁じられた遊び」のテーマ (作者不詳)
・ラグリマ (F.ターレガ)
・アラビア風奇想曲 (F.ターレガ)
・ハバネラ (E.サインス・デ・ラ・マーサ)
・フーリア・フロリーダ (A.バリオス)
・ワルツ第三番 (A.バリオス)

次回のランチライブ出演は、6月24日(金)です。
ぜひ足をお運びください。
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# by yuko_kodama | 2005-05-20 23:45 | ライブ、コンサートの話

溝口肇 in ふれあいホール

昨日は、友人にお誘いをいただき、NHKの公開収録の見学に行ってきました。ゲストはチェリストで作曲家の溝口肇さんと、振付家・演出家でダンサーの南流石さんでした。

溝口さんは、以前「情熱大陸」という番組に出演されていたのを見たことがあります。すごいハンサムだという印象はありましたが、今回、目の前(最前列の中央の席!!)で見たら、本当にものすごくかっこいい!!
「王子様のようだ」とアナウンサーも評していましたが、容姿だけでなく演奏もかなりソフトな感じで、音色が優しいチェロでした。今回は、ダンサーとの共演ということもあり、チェロを引きずって踊る一幕もあり、大変面白かったです。(さすがに踊るシーンでは、違うチェロを使ってましたね。万が一ぶつかったりしたら、大変ですもんね。)

明日は、曙橋バック・イン・タウンにて、ランチライブに出演です。
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# by yuko_kodama | 2005-05-19 23:11 | ライブ、コンサートの話

手荒れ

手荒れに悩んでいます。薬をつけても、なかなかよくならず、かれこれ数ヶ月になります。

手が荒れて困るのは、爪も一緒に悪くなってしまうことです。爪が生えてくる前に、皮膚からの影響を受けるらしいのです。クラシックギターでは、右手の爪は、音色を左右する重要な要素。私にとって、爪が悪いことは大変なマイナスです。
皮膚科の先生のアドバイスを受け入れ、水仕事をするときは必ずゴム手袋、それ以外の時も綿の手袋を着用。手洗いの回数を減らし、トイレの後だって手洗いをためらう・・・まではいきませんが、それくらいの気持ちで気をつけています。
でも、荒れ放題。なんで?

そこで、「右手を使わない」作戦をただいま決行中。
手荒れがひどいのは右手だけで、左手は何でもないのです。右利きなので、右手だけに負担がかかるのでしょうね。ということで、野菜を洗ったり、料理中のちょっとした水を使う作業は、左手でやることにしてみました。やってみると、普段いかに右手ばかりを使っていたかが実感できます。慣れない左手作業は効率が悪いですが、爪のためにはガマンガマン。

そういえば、左手を使う作業は、右脳を刺激するということを思い出しました。右脳は、別名「芸術脳」ですよね。
この左手作戦が私の右脳を刺激して、芸術的なひらめきをもたらしてくれるでしょうか?でも、こんなセコイことを考えているうちは、芸術家にはなれないのかもしれません。
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# by yuko_kodama | 2005-05-17 15:11 | その他の話

人生いろいろ・・・でも似てるかも?

今日は、お昼から夕方まで蒲田でレッスン。グループレッスンを3クラス担当しています。

生徒さんの中に、フランス料理店のオーナーシェフの方がいらっしゃるのですが、今日はレッスン終了後に、ゆっくりお話する時間がありました。お店を開いて4年半になるというその方は、試行錯誤の末、自信のあるメニューに固定するまでに3年半かかったといいます。料理を作るだけならば、誰でも勉強すれば上手に出来るようにはなりますが、お店を経営するには、それにプラスαがなくてはなりません。それが人柄であり、魅力的なメニューであり、または従業員に対する統率力であったり・・・
「音楽も同じでしょうね。」とおっしゃる生徒さん。はい、そのとおりですね。

このクラスを担当するようになって、まだ今日で3回目。私はギター教師として、「ただ弾けること」だけでなく、プラスαを求められています。グループレッスンの特性を生かしながらも、個人の力を最大限に伸ばしてあげたい。私の試行錯誤は始まったばかりです。
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# by yuko_kodama | 2005-05-15 23:11 | その他の話

録音をチェック

思い立って、久しぶりに練習録音をチェックしてみることにしました。
練習を録音してセルフチェックするのは、曲を仕上げるときに有効な方法ですが、結構気が重いものです。自分が弾けていない場所をチェックするわけですから、かなりブルーになります。

留学していたときに、師匠マリア・エステル・グスマンから教わったコツは、
1.出来たら、同じ曲を2度続けて録音すること。
2.録音をチェックするのは、録音した翌日にすること。

2度続けて録音するのは、2度ともミスをした箇所をチェックするため。無意識に、毎回ミスをしている場所を見つけて、解決方法を探します。ミスは習慣化すると、気にならなくなってしまうことがあります。
録音してから時間をあけてチェックするのは、出来るだけ客観的な耳で聴くため。演奏している時は、実は演奏した音というよりも、頭の中でイメージしている音楽を聴いている場合が多いと、私は感じています。時間をあけて聴くことによって、イメージではなく、客観的に自分の演奏を聴くことができます。

今回も、予想どおり、かなりブルーになりました。楽譜は赤鉛筆だらけ。矯正の成果を演奏としてお届けできる日はまだ遠いかも・・・。頑張れ、私。
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# by yuko_kodama | 2005-05-14 22:25 | ギター音楽の話

朝バロ

「朝バロ」。
これは、我が家でのみ通用する略語です。さて何の略?

サラリーマンが一匹生息している我が家では、結構朝が早いです。基本的には、毎朝6時起床。そして、テレビのない食卓での朝食の友は、ラジオNHK-FMのバロック音楽の番組です。この番組、以前は「朝のバロック」という、そのまんま~な名前だったのですが、今は「バロックの森」などと、少し小じゃれた感じ(?)になりました。
そう、略語の答えは「朝のバロック」です。

「バロック」と題された番組でありながら、内容はバロック時代以前の音楽なら何でもありで、ルネサンスだろうが、グレゴリオ聖歌だろうが、この番組では「バロック」とくくられて流されます。でも、そこが面白い。絶対に自分では探せないようなマニアックなものを流してくれたりします。(でも、ラジオゆえに何となーく聴いていることも多くて、後でやっぱり自力では探せない。)
ギター音楽(というか、ギター編曲されたバロック音楽)が流れることはまずありませんが、リュートの演奏はしばしば放送されます。やはり、つい耳を傾けてしまいますね。また、ギター編曲版がよく演奏されるバッハの曲などは、オリジナル楽器での演奏がかかると、これまた一生懸命聴いてしまいます。

けれども、そんな一生懸命な朝ばかりではありません。淡々と流れるバロック(あるいはルネサンス)音楽は、一歩間違えば、睡眠導入剤です。遠のく意識と戦いながらの「朝バロ」・・・。すでにそれも日課です。

早起きが得意な人は、ぜひ「朝バロ」仲間になってください。
やみつきになります。
(ホントか?)
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# by yuko_kodama | 2005-05-12 20:12 | クラシック音楽の話

音楽と言葉

朝日新聞には月に一度、作家の大江健三郎氏がコラムを寄せています。話題は、長男である作曲家の大江光氏のことで、昨日は彼の音楽と言葉との関わりについて、大変興味深い考察が書かれてありました。
ご存知のとおり、光氏には知的障害があります。コラムは、要約すると次のような内容でした。

障害のため、言葉を自由に操れない光氏は、以前は言葉を介さずに、直接、彼の心と音楽を結びつけて作曲していたように思われる。最近7年間のあいだ、作曲活動道を休止していた光氏は、その間、家族による言葉の訓練や、専門家による音楽理論のレッスンを受け、再び作曲活動を開始した。その新しい音楽には、感じたことを言葉を介して理解したうえでの創意工夫がみられる。そして、それが彼の音楽に「知的な明るさ(悲しみも)」を与えているのではないか。

健三郎氏のコラムは、やがて訪れる父親の死を、彼は言葉で理解し、それを「知的な明るさ」をもって音楽にしていくだろう、と結ばれているのですが、私が興味をひかれたのは、むしろ「言葉の介在しない音楽」の存在でした。
私にとって、また多くの音楽家にとっても、音楽は言葉なしには存在しないものです。5歳で入った音楽教室では、すでに言葉によって「ドレミ」を覚えました。その後、専門的に勉強すればするほど、言葉の比重は高まっていくと思います。音楽表現を考えるうえでも言葉は重要です。そして、それはもちろん「必要」なことです。私自身はさらに、暗譜をするにも、指の形や楽譜の音符を図形で覚えるというより、まるで文を暗誦するように言葉で曲を覚えるというのが常です。(この暗譜方法には問題があるのですが、それは後日改めて書こうと思います。)というわけで、これまで音楽というのは、そのように言葉の上に成り立っているものだと考えていました。(もちろん、演奏というのは、言葉を超えた表現であることには変わりないのですが。)

言葉の介在しない音楽とは、どのように純粋なものなのか。
光氏の初期のCDをぜひ聴いてみようと思っています。
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# by yuko_kodama | 2005-05-11 15:39 | メディア(番組・記事)紹介

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン~Part2

GWも終わってしまいました。

だいぶ前の話にはなりますが、このブログに書いた音楽祭、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」。コンサートの後に、無料入場できるピアノのマスタークラスがあることを知り、聴講してきたので、今日はその話。
コンサートはもちろん素晴らしいですが、マスタークラスはまた違った面白さがあります。私は結構、マスタークラス好き。

私が聴講したのは、4回予定されていたクラスのうちの最初の回で、講師はアンヌ・ケフェレックさん。面白かったのは、彼女が生徒にフレーズの表現や曲想を指導するときに、色彩の話をよくしたこと。そして、オーケストラの楽器への例えを多用していたことです。例えば、「このフレーズは、チェロのソロのように重々しく、大きな表現で」とか、「ファゴットのようなスタッカートで」など。そして、そのフレーズを彼女が弾いてみせると、それは本当にピアノを離れて、まるでその楽器のように響くのです。
ギターは「小さなオーケストラ」とも言われる楽器。ピアノと同じく、一人で和音から旋律まで操って、完結した音楽を奏でられる楽器です。当然、ギターのために書かれた曲にも、同じようにオーケストラの楽器をイメージしたフレーズがたくさんあるはず。私も、もっと曲を理解する上で、このような表現に対して敏感になっていかなくては、と感じました。無料で聴講できたけど、収穫は山盛り!でも、そんな小難しいことを考えていた時間はわずかで、アンヌさんのノリノリのレッスンを、純粋に楽しく聴講してしまいました。

マスタークラスは、予定を30分オーバーし、次のクラスが始まる時間になって、ようやく終了しました。あっという間の1時間半でした。
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# by yuko_kodama | 2005-05-10 14:23 | ライブ、コンサートの話