ヴルフィン・リースケ氏

先日、来日中のヴルフィン・リースケ氏のレッスン通訳として、マスタークラスを見学させていただきました。本来はドイツ語を母国語とされ、英語も堪能なリースケ氏ですが、通訳の手配の都合からか、スペイン語での通訳となりました。
実際にはレッスンは、簡潔な英語を中心に勧められ、受講生も直接分かりやすいアドバイスを受けることができたようですが、観念的な話や少し複雑なアドバイスなどは、スペイン語に直していただき、私が日本語に通訳する流れとなりました。

私はリースケ氏の名前や活躍は知っていたものの、失礼にも、演奏会へ足を運んだこともなければ、CDでの演奏に触れたこともありませんでした。今回初めて直接に音を聴き、話を聞き、その考え方や演奏スタイルに深く共感しました。次回の来日の際には絶対に演奏会へ行こう!と思ったのですが、そのきっかけとなったのは、打ち上げの際に話題にのせられた次のような一連の発言でした。

まず、氏の音楽に対する姿勢や、その嗜好。
「私はギターを弾くのではなく、ギターを弾いて音楽を奏でたいのです」という発言は、昨今のテクニック重視の風潮に警鐘を鳴らしているように感じられました。聴衆がお金を払ってコンサートチケットを買うのは、決して超絶技巧を見て感心するためではなく、音楽を聴く心地よさを求めてのことだと思う、と再三言われていました。ギターファンの動向を察するに、実は「超絶技巧を見て感心する」のが好きな人も結構いるのではないか、と内心思ったのですが、心底クラシック音楽を愛し、音楽的な表現を求めるリースケ氏の姿勢に、深く共感しました。
クラシックを愛するという姿勢は、ヨークやディアンスなどの流行りのレパートリーに否定的なご意見をお持ちだった様子からも察せられました。それは、そうした音楽よりもターレガやソルなどのレパートリーに関心のある私に、少し自信を与えてくれました。

続いて、ある意味「爆弾発言」ですが、次のようなことをおっしゃっていました。

「私は何度か日本でレッスンをして、日本の受講生が皆とても良いギターを持っていることに驚いていると同時に、それらの良いギターから全く良い音色が生み出されないことにも非常に驚いている」

次回の来日時のレッスンでは、曲のことなどはどこかへ置いておいて、音作りだけを指導したい、と冗談交じりにおっしゃったリースケ氏。実は、私もこの日のレッスンを見学していて同様のことを感じていました。受講生の皆さんは、非常にレベルが高く、音楽表現も素晴らしかったのですが、中の幾人かは、「しっかり弦をつかんで放す」という基本動作を重視していないように見受けられました。そのため、タッチが浅くなり、音が細く、芯がないのです。良いギターを使用するほど、こうしたタッチの粗さは露呈されやすくなります。
この「弦をしっかりと掴む」ということを私は非常に大切に思っていますが、これは師匠である手塚健旨先生に、初心者の頃から徹底的に教え込まれたことです。ですから、私も自分の生徒さんにはこの点をしっかりと伝えているつもりです。裏を返すと、そうしたことをしっかりと伝えられていない指導者も多いのではないか、ということです。コンサートでは華やかで技巧的な曲が受けるご時世、深い音よりも速い指さばきを目指したい若手もいることでしょう。もちろん、これらのことは相反することではなく、両立できれば素晴らしいギタリストとなれるはずです。指導者は、そこをしっかりと考える必要があるでしょう。

私が普段から最も大切に考えている「音色の美しさ」について熱弁をふるっていたリースケ氏を思い出しながら、早くも次回の来日を楽しみに待っています。
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by yuko_kodama | 2006-12-01 21:32 | ギター音楽の話
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