IE9ピン留め
シャロン・イズビン マスタークラス
2011年5月8日、私の通うカルチャースクールの音楽科の主催により、シャロン・イズビンの公開マスタークラスが行われました。私も4人の受講生のうちの1人として、受講させていただきました。

シャロン・イズビンは、多くのコンサートを持ちながら、ジュリアード音楽院で現在も教鞭をとっている、素晴らしいギタリストです。私もNYへ来てから1度、彼女のコンサートへ足を運びました。もうそれほど若くはありませんが、「颯爽と」という言葉がぴったりくる方で、ドレスではなく、ぴったりとしたパンツスタイルで舞台に現れ、それがとてもよく似合っていました。そのときは確か、バリオスなどのロマン派の作品を中心としたプログラムだったと思いますが、ともすれば「大袈裟」とか「しつこい」とかいう類になってしまいそうなところをギリギリの線でコントロールした、絶妙な歌いっぷりが印象的でした。

今回の公開マスタークラスは、1人45分という限られた時間の中でのレッスンでしたが、その内容は時間以上に充実したものでした。さすがに、世界から集まってくるジュリアードの学生さんを教えている先生です。最初の一度の演奏で、曲に対して生徒が抱える問題点の「要」を見抜き、改善方法・練習方法をしっかりとアドバイスしてくれます。聴講生に質問を投げかけるなど、「生徒と2人だけの世界」にならないレッスンは、聞くほうも面白い。単なる「公開レッスン」ではなく、聴講生を巻き込んだ「講義」になっており、しかもほんの5分の超過さえもない、時間どおりのレッスン。ビジネスライクといえばそうなのですが、それを「ビジネスライク」に出来てしまうところが、そもそもスゴイというか・・・。とにかく勉強になった1日でした。

この日の受講生4人のうち、1人は15歳の女の子で中級者といったところ。ほかの2人はステージプロとして実際に活動している方で、演奏レベルも段違いに高いものでした。主催しているスクールの生徒は私だけで、外部から受講者を募ったようでした。

私は、勉強中だったヴィラ=ロボスの「プレリュード第1番」で受講しました。そもそも、あまり練習時間が取れずに、完成とはいえない状態で持っていった曲ですが、練習に行き詰っていた部分をしっかりと見抜いてくださり、「行き止まり」だった道に橋を架け、トンネルを通すようなレッスンを受けることができました。あのままの練習を続けていたとしたら、どんなに時間をかけて練習しても完成はしなかったと思います。
この「プレリュード第1番」を練習していた私の一番の課題は、転調した中間部のPiu mossoで繰り返し出てくる、1・2弦のp指同時弾弦です。どうしても右手の位置が定まらずに、正確に1・2弦だけを捉えることが出来ずにいました。ゆっくりだと出来ますが、速度を上げるとミスが多くなり、メロディラインである1弦の音が聞えなくなることも多かったのです。
イズビン先生の指摘は、「右手を大きく動かしすぎる」というものでした。私は腕を使って弾いていましたが、肝心のp指は力んで硬くなり、ほとんど働いていない状態だったのです。指摘を受け、p指を手首の関節(ナックル・ジョイント)部分から動かすように意識すると、右手の位置が定まり、毎回決まった状態で弾弦できることが分かりました。実は私は、右手の親指の動きには問題を抱えていて、普段のレッスンでもよく注意を受けます。しかし、それと「プレリュード第1番」を弾いているときの問題とが、自分の中では全く結びついていませんでした。いくら練習しても改善しないときは練習方法が悪いのですが、「悪い」ということが分かっても、「ではどうしたら良いのか」が分からない、ということもあります。やはり、良い先生に習うというのは、一番の上達への近道です。
ほかにも、できるだけ摩擦音を立てずにグリッサンドを行う方法をいくつか試したり、不自然だった右手の運指を正したりと、短い時間でしたが、この先の練習の道程に灯をともしていただいたような、勉強になったレッスンでした。

余談ですが、この日の聴講生の多くは受講生の関係者だったようですが、最前列の中央に陣取っていた年配者のグループはなんと、ギターをまったく弾かない人だったようです。(これはイズビンが、「今日の聴講者の中でギターを弾かない人は?」と質問したことから分かったのです。)このように、まったくの素人が有料の聴講チケットを買ってレッスンを聴きに来るというのは、日本だったら考えられないことですね。お金にも時間にも余裕があるのでしょうが、このような専門的なレッスンを聴講しに来て、それを楽しんでいるというのは、なんというか、スゴイことだと思いました。皆さんは、どのようにお感じになりますか?
# by yuko_kodama | 2011-05-28 12:57 | ギター音楽の話
オペラ二題
夏に、メトロポリタン歌劇場(通称Met Opera)の歌手による屋外リサイタルの記事をアップしましたが、やはり、住んでいるからにはぜひとも劇場でのオペラ公演を見てみたいと願っておりました。今シーズン、念願かないまして、昨年秋と今年2月、2回の公演を見ることが出来ました!!

昨年秋は、近所に住むお友達のお誘いを受けて、平日の夜公演を鑑賞。オーケストラ(1階席)の後方の座席でしたが、劇場のつくりのせいなのか、ステージが遠いという感じはまったくなく、迫力ある舞台を楽しむことができました。演目は「ホフマン物語」(オッフェンバック)。
3幕目の有名なデュエット「舟歌」以外は、まったく知らない演目でしたが、事前にあらすじや見どころ(聴きどころ)を調べて頭に入れ、当日は座席前に表示される字幕を頼りに鑑賞。オペラ初心者の私でしたが、とても楽しく鑑賞することができました。タイトルロールはテノールのジュゼッぺ・フィリアノーティ。私は歌手に詳しくないので比較・批評はできませんが、とても美しい声でした。純粋で繊細な、そしてどこか退廃的な詩人の雰囲気がよく感じられる歌だったと思います。素晴らしい歌を聴くと、「すべての楽器の究極の目的は、人間の歌を模倣することですよ」とレッスンで仰っていたギタリスト、ハビエル・ガルシア・モレーノの言葉を思い出します。楽器という媒体を通さない、それだけのことですが、直接的な感情表現という面において、やはり人間の歌を超えるものはないように私も思います。(ただし、人間には出来ないことを可能にするのもまた、楽器なのですが。)
舞台装置や衣装は、どれも物語が分かりやすく、素敵なものでした。特に、第二幕で、二枚の垂れ幕を用いただけで冬枯れの景色を演出していたのが、とてもモダンで美しかったです。三幕のヴェネチアの娼館の場面では、かなりエロチックな衣装のバレエダンサーが出てきてびっくりしましたが(笑)。
とにかく、たとえ音楽や物語を知らなくても、オペラってこんなに楽しめるんだ!!と実感した、私のMet Opera 鑑賞デビューでした。

2回目はつい先週、2月21日の夜公演。この日、アメリカは祝日です。お天気が良くないので、特別何もすることがないね・・・なんて話しながら、テキトウにインターネットを見ていたところ、なんとこの日のMet Operaはプラシド・ドミンゴが出演している!!ということで、急遽チケットを買い求め、一人で観て来ました。演目は「タウリスのイフィゲニア」(グルック)。はて、そんなオペラの演目あったかしら??というような演目でしたが、とにかくドミンゴに会いたい(もちろん客席から聴くだけ)一心だったわけです。
正直に結論からいうと、これはオペラ初心者にはかなり難しい演目でした。とにかく、知っているメロディーもアリアも全然ない。ストーリーはギリシア神話を下敷きにしたもので、ベースとなるトロイ戦争の神話から調べないと、オペラのあらすじだけ調べても片手落ちらしい。そのうえ、全4幕をとおして、舞台はひたすら神殿と隣接する牢屋(?)のみで、場面転換はゼロ。目にも耳にも、ちょっとした忍耐が必要な感じでした。
でもでも、やはりドミンゴは素晴らしかった!!ついでに言うと、ドミンゴが演じたオレステの親友であるピラード役を演じたポール・グローヴズも素晴らしかった。2人は同じテノールですが、声は全然違った印象で、それはもしかしたら年齢の違いから来るものなのかもしれませんが、ドミンゴの深くて陰影にとんだ、そして情感豊かな声と、グローヴズの柔らかく気持ちの良い声が好対照でした。2人が「お前のためならオレが死ぬ!!」と歌いあう4幕の場面はとても感動的でした。
この日の座席は、4階のバルコニー2列目。最上階なので、ものすごい高さから舞台を見下ろしている感じで、高所が苦手な私は客席についてしばらくは心拍がかなり上がっていたと思います(笑)。しかし、会場が暗くなり舞台のカーテンが開くと、アラ不思議。舞台を見下ろしているという感じがあまりないのです。座席の料金としては、オーケストラの最後方と同じくらいの料金なので、悪い席ではないと分かっていたのですが、あの高さでこれほどの臨場感を得られるというのは驚きでした。ドミンゴ氏、御年70才。とにかく現役で歌っているうちに生で聴けたことが、幸せでした。

オペラ、もう何回か行けたらいいな~。
とりあえず、リンカーンセンター(Metオペラハウスを含む、複合音楽施設)のバックステージツアーがあるようなので、いつか参加してみたいと思っています。

# by yuko_kodama | 2011-03-01 13:48 | クラシック音楽の話
「パンピング・ナイロン」~余談
前回の記事の「パンピング・ナイロン」(スコット・テナント著)ですが、本当にどうでもいいことなんですけど、表紙の写真がちょっと気になります。

中央にあるギターの写真の背景に、力こぶをつくった太い腕のモノクロ写真・・・。現物をよく見ると、それほど若い人ではないようで、微妙に皮膚がたるんでいる感じまでキレイに(?)写っています。こんな太い腕でなくても、力がなくても、ギターでは綺麗な音が出せますし、この本自体、奏法上、非常に効率的なエネルギーの使い方を説明している本なので、この力強い腕がなんとも不釣合い。それとも、著者のスコット・テナント氏のイメージなんでしょうか。確かに彼は大柄ですが、それにしても、ねぇ。まさか、ご本人の写真ということもないでしょうし・・・。
もしかすると、英語の「pumping」の語感が、このようなイメージなのでしょうか。で、本をあけてビックリ。力いっぱい弾くだけが「pumping」じゃないんだよ、みたいな?うーん。

とにかく、練習のたびに表紙が気になってしまいます。本当にどうでもいいんですけど(笑)。
# by yuko_kodama | 2010-10-02 04:33 | ギター音楽の話
パンピング・ナイロン(スコット・テナント著)
大変遅まきながら、掲題の本「パンピング・ナイロン」(スコット・テナント著)を入手して、基礎練習をしています。8ドルほどで買えました。コスト・パフォーマンスの観点からいうと、これほど割りのいい本は、今までで初めてかもしれません。

内容に関しては、特別目新しいことは何も書いていない、実にオーソドックスな奏法解説が中心です。しかし、それをじっくり読んでいたら、「慣れ」によってないがしろにしてしまっていた部分に気付くことができました。これはやはり、生徒を教えなくなった弊害でもあると思います。
以前に私が教えていた生徒さんたちは、主に初心者の方が中心で、レッスンでは基本的な奏法、つまり、姿勢や腕・手・指の使い方などを、レッスンのたびに繰り返し説明していたものでした。それは、とりもなおさず、自分への復習でもあり、そのたびに、生徒さんたちを鏡として、自分も常に基本に立ち返ることが出来ていたように思います。翻って現在、少ない練習時間の中でレッスンに持っていく曲の勉強にばかり追われ、いわば「一夜漬け」を繰り返しているような状況に陥っております。基礎練習こそ大事と頭では分かっていても、継続的に、しかもしっかりと集中して基礎練習を行うことは、意外と難しいことですね。

そんな状況の中、この「パンピング・ナイロン」にある、極めて単純で、だからこそ「はっ」とさせられる基礎練習を集めた「デイリー・ウォームアップ」の章に助けられています。左手・右手ともに、指1本づつの動きから確認することができる、これ以上はないシンプルな練習課題ですが、どのタイミングで力を入れるか、力を抜くか、体のどの部分に力を入れるのか、どの部分に力が入ってはいけないのか、これらに気を配りながら行うと、大変効果的だと思います。さらに、同じ課題でも、上記のようにゆっくりと動きを確認しながら行う練習のほか、スピードを上げる練習、レガートに弾く練習など、バリエーションをつけると、練習に変化が出て楽しいし、複数の効果を得ることができると思います。
ほかに、同じ本の終わりに収録されている「ジュリアーニの120のアルペジオ」も、基礎練習として行っています。こちらは、パっと見では弾けないような、今まであまり曲中で出会ったことのないアルペジオのパターンがたくさんあって面白いです。私は、だいたいどのパターンを弾いても、小指の緊張を先生に指摘されることが多いです。ちなみに、前述の「デイリー・ウォームアップ」で行っている左手の基礎練習では、必ず左手親指の緊張を指摘されます。左手親指の緊張は、私が何度か経験してきた左手の腱鞘炎の原因でもあります。どちらも長年のクセなので、なかなか直りませんが、地道にやっていきたいと思います。

というわけで、最近、基礎練習がちょっと新鮮です。
# by yuko_kodama | 2010-09-24 14:01 | ギター音楽の話
NYフィルのセントラルパークコンサート
昨年は子どもが小さすぎて、行きたくとも行けなかったNYフィルの夏の野外コンサート。1年間、待ちに待ったコンサートに、ついに行くことができました。といっても、この日の演奏は、NYフィルと上海シンフォニー・オーケストラの共演であり、相変わらず上達しない私の英語力では、会場アナウンスを聴き取ることもできず・・・。どの曲をどのオケが演奏したのかなど、詳細は分からずじまいです。どちらにしろ、私は指揮者やオーケストラの違いを楽しめるほどの通ではなく、単純に音楽を聴くのが好きなだけなので、その意味では本当に楽しいコンサートでした。

コンサートは毎年、広いセントラルパークの中でも最も開放感のある広大な芝生広場「グレートローン」で行われます。午後8時開演ですが、私は友人たちと7時少し前に待ち合わせました。皆小さな子どもを連れていますので、熱心に聴きたい方の迷惑にならないよう、広場の隅っこの木陰に陣取りました。左右に置かれたスピーカーの、さらに外側という位置でしたので、音響には多少の不安がありましたが、オーケストラの音は問題なく(エコーなどが入らずに)聴くことが出来ました。

ところで、この日は1日中不安定な天気で、お昼には土砂降りの雨も降りました。そのためか、NYにしては珍しいくらいの湿気。おそらく湿度80%は超えていたでしょう。気温は高くありませんでしたが、肌にベタベタと汗がはりつき、東京の夏を思い出しました。オーケストラの方たち、特に高価な木製の楽器の奏者たちは、本当に大変だったことと思います。私はこんな日には、屋外でギターをケースから出すなんて、考えたくもありませんもの。

さて、コンサートは8時過ぎに、ワーグナーの歌劇「タンホイザー」の序曲でスタート。今日のプログラムは、聴きやすい有名曲が並んでいて、その後、上海からやってきた歌手によるオペラアリアが数曲続き、前半最後のハイライトはガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。いかにも「NY」なこの曲を弾くピアニストは、世界中でひっぱりだこのラン・ラン!!私の座っていた位置からはほとんど姿が見えませんでしたが、広場の前方から大きな拍手が沸き起こり、ピアニストの登場を知らせてくれました。
残念ながらピアノの音色は、スピーカーを通して少しキンキンとした音になっており、また座った位置も悪かったせいで微妙なエコーがかかってしまい、疾走感や躍動感といった面でのランランらしさを感じるのは難しかったです。それにしても、「ラプソディ・イン・ブルー」が、こんなに野外コンサートに似合う曲とは思いませんでした。開放感たっぷりの芝生で、(こっそりと)ワインを頂きながらの鑑賞。周囲はすでに日が暮れて暗くなり、蛍(日本の蛍とは全然違う虫ですが、光りながら飛ぶので「蛍」と呼んでいます)がちらほらと飛んでいて、本当に良い雰囲気です。叩きつけるように音符が並んだパートも、しっとりとロマンティックに聴かせるパートも、すべてが、この夏の夜の雰囲気に合わせて作曲されたかのように思えるほどでした。この夜、私が最も楽しんだ一曲でした。

第2部は、30分以上の長~~い休憩を挟んでのスタート。チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」から「ポロネーズ」のあと、バーンスタインの「ウェストサイド・ストーリー」から「シンフォニック・ダンス」。今夜聴きに来た理由のひとつは、「ラプソディ・イン・ブルー」と並んで、最もNYらしい曲のひとつ「シンフォニック・ダンス」が聴けるからでした。以前にこのブログでも感想を書きましたが、私はリバイバル上演中の「ウェストサイド・ストーリー」を見に行きましたので、それぞれの曲にミュージカルの場面が重なり、とても楽しい。もっとも、この「シンフォニック・ダンス」は、ストーリーとは関係なく、コンサートで演奏されることを前提にバーンスタイン本人が編曲したものなので、各曲はミュージカルのストーリーとは全然違う順番で並んでいるのです。それがまた面白い。音楽的に並べると、静かな曲、盛り上がる曲、リズミックな曲・・・こういう順番がスッキリするんだな~~なんて思いながら聴きました。
プログラムの(おそらく)最後は、ラベルの「ボレロ」。この「ボレロ」は、私にとってはとても親しみがあり、また思い入れの深い曲でもあります。手塚健旨先生のギターアンサンブル「カンパニージャ」では、この曲をギターアンサンブル用に編曲してレパートリーとしており、私も何度も演奏しています。演奏するたびに、異なるパートを弾いていましたので、色々な思い出があるのです。オーケストラの色々な楽器の音色を聴きながら、この曲をギターの音色のみで表現していくことの難しさと面白さ、そして、そんな素晴らしいことを思いつく手塚先生の感性に思いを馳せていました。私は、とても良い師匠に恵まれたと思います。

後半の演奏は、芝生広場の周りをベビーカーを押しながら散歩しての鑑賞となりましたが、それでも夜10時半過ぎまで付き合ってくれた幼い娘に感謝。「ボレロ」の盛大なフィニッシュに大きな拍手を送り、おそらく1曲は演奏されたであろうアンコールは諦めて、家路につきました。大変満足のいく一夜でした。

イベント詳細はコチラ
http://nyphil.org/meet/archive/index.cfm?page=eventDetail&eventNum=2163&seasonNum=9&archive=1
# by yuko_kodama | 2010-07-16 12:04 | ライブ、コンサートの話
Met Opera 夏のリサイタルシリーズ
久々の更新です。皆様、お元気ですか?
NYは先週、熱波に襲われて、最高気温が39℃まであがりましたが、今週は落ち着いて、過ごしやすい気候になりました。39℃といっても、湿度が日本よりは低いですから、数字で見るほど暑さがつらくはありません。

さて、待ちに待った夏。野外コンサートのイベントが、NYではたくさんあります。今日はそのひとつ、「Met Opera」 の夏のリサイタルシリーズに行ってきました。「Met Opera」と略される「メトロポリタン歌劇場」は、世界3大オペラ劇場のひとつです。このMet Operaでは、シーズンオフの夏を利用して色々なイベントを企画しているのですが、昨年からスタートさせた夏のリサイタルシリーズは、NY市の5つの区(マンハッタン、クイーンズ、ブルックリン、ブロンクス、スタッテン)すべてにおいて、公園などの屋外でリサイタルを行うというイベントで、もちろん入場無料です。今日はその第1回で、マンハッタンはセントラルパーク内にあるイベントステージ「ラムゼイ・プレイフィールド(Rumsey Playfield)での公演でした。出演歌手は、メインにネイサン・ガン(バリトン)と、若手のソプラノ&テノールという組み合わせ。普段、声楽をほとんど聴かない私には知らない曲も多いプログラムだったのですが、大変に楽しいひとときを過ごすことができました。

私は今年初めて聴きに行ったのですが、会場はとても広く、椅子席のほかにも、シートを広げて座れるピクニックエリアがあり、子連れでも、それほど気兼ねなく、ゆっくりと聴くことができました。開演の30分ほど前に会場に着いたのですが、入場待ちの行列がものすご~~~~く長くできていて、「果たして会場に入れるのか?!」と思ったのですが、着いてみれば、まだ十分に座れる場所があり、会場の収容力に驚きました。慣れた方たちは皆さんキャンドルを持参されていて、ワインなど飲みながら(会場で販売されていました。普段はNYでは屋外での飲酒が法律で禁止されています。)、雰囲気たっぷりに音楽を楽しんでいる様子。日が暮れて暗くなっても、キャンドルがあれば、プログラムも確認できますし、いいですね。

肝心の歌のほうも、素晴らしかったです。ネイサン・ガンは世界的なバリトン歌手だとのことですが、他に2人出演していた若手も、まったく聴き劣りのしない歌いぶりでした。もちろんPA使用ですが、音量・音質ともに不自然さが全くなく、大変に聴きやすかったです。

明日は、毎年恒例のイベント、セントラルパークのグレートローンで行われるNYフィルの野外演奏会を、初めて聴きに行く予定です。今のところ、夕方から雨の予報が出ているのですが、何とか晴れてほしいものです。
夏のNYは、本当に楽しいですね。
# by yuko_kodama | 2010-07-13 13:52 | ライブ、コンサートの話
宮下祥子の新作「Gift」を聴いて
 札幌を拠点に、昨今は全国各地でのコンサートや海外公演にもお忙しいギタリスト宮下祥子さんが、3枚目のアルバム「Gift」をリリースされました。ご本人からサイン入りCDを購入し、今、聴き入っております。とても素敵な1枚です。

大作のソナタや難曲を並べた前2作とは趣を異にし、よく知られたメロディーを新たにギター用に編曲した、壺井一歩氏の「新12の歌」をメインに据えた「Gift」。簡単に私なりの感想を述べてみたいと思います。批評ではありません。あくまで「感想」です。

まずCDのジャケット。北大の銀杏並木でロケーション撮影をしたとのことですが、ご本人の「前2作とは全く違う1枚を作りたい」という意気込みを感じます。ドレスアップしてのスタジオ撮影だった前2作のジャケット写真も、とても素敵でしたが、今回は、自然体のご本人を感じられるような写真を採用されています。このことは私に、「大きなコンサートホールのステージ」ではなく、「自宅のリビング」で自然に演奏しているような宮下さんを感じさせてくれました。
「自宅のリビング」といえば、録音の状態も、とても私の好みです。不必要に音を響かせすぎず、タッチや音色が直接伝わるような位置で採音されているように思います。だから、すぐそこでご本人が弾いているような感じがありますね。けれども、ふと音が切れたときや、音が伸びたときには、自然な残響があって美しい。「自宅のリビング」と言いましたが、この感じは、響きのきれいな小さなホールで、演奏者の間近の前列の席で演奏を聴いた感じに近いかもしれません。音がつながっている間は、楽器から直接響く音が聞こえ、ふと音がとまった瞬間、ホールの残響が美しく耳に響く、あの感じです。

収録曲の中では、私は「おぼろ月夜」がとても好きです。透明感があって、ちょっぴり神秘的な和声が、うっとりと夢見心地で歩く春の宵の雰囲気にぴったり。全体をとおして聴くと、かなりドラマチックな編曲をされているもの(「城ヶ島の雨」や「グリーンスリーブス」など)もあり、12曲をとおして聴いたときのバランスも、とても良く考えられているなぁと思います。
こうした選曲をしたときに難しいのは、「甘さ」の加減だと個人的には思います。聴きやすさを意識するあまり、表現や音色が「甘さ」に傾きすぎると、全体としてしまりがなくなり、「心地良くはあるけれど印象に薄い」・・・つまりBGMのようになってしまう可能性があるからです。しかし、このアルバムには、そうした「甘すぎる」味付けがありません。耳に馴染む自然な音楽でありながら、どこかで聴くものに背筋を伸ばさせるような、凛としたところがあるのです。

このアルバムを聴いていたら、久しぶりに宮下さんのコンサートを生で聴きたくなりました。生で聴けたらもっと素晴らしいと思います。そういう期待感を持たせてくれる1枚でもありますね。




*宮下祥子さんの公式ホームページはこちらです
http://www.h5.dion.ne.jp/~sa-chan/index.htm

写真上の「Japanese」をクリックすると、情報ページへ移ります。
紹介した「Gift」についての詳細はもとより、コンサート情報などもご覧いただけます。
また、公式ブログもとても興味深い話題が満載です。
# by yuko_kodama | 2010-04-22 11:45 | ギター音楽の話
懐かしい声
先日、以前に横浜の教室に通ってくださっていた生徒さんに、ちょっとした用事ができてお電話を差し上げました。毎週レッスンでお会いしていた時と変わらない、懐かしいお声に、メールやお手紙もいいけれど、電話もなかなか捨てたものじゃないと思いました。

その方は、退職されてから初めてギターを習うというので、私のところへいらしたのです。お世辞にも若いとは言えません。けれども、とても真面目で練習熱心です。ゆっくりと確実に上達し、私も毎回レッスンするのを楽しみにしていました。現在は、私の後を引き継いでくださった吉川久美子先生に習い、トレモロもスムーズになってきたとのこと。「いつかは『アランブラの思い出』を弾きます」とおっしゃるので、私は本当に感激しました。

私はギター教室を始めるにあたり、「音楽と縁のなかった方が、音楽のある生活を楽しめるようにお手伝いをしたい」と考えていました。プロ志望の若者や、将来有望な子供たちが習いに来てくれたらとてもいいけれど、生活に追われる主婦や、退職して時間のある人たちが、「何かやりたい」と思ったときに、それぞれのペースに合わせて、無理なく、そして飽きさせず、音楽の魅力(ひいてはギターの魅力)を伝えていくことも、大切にしたいと考えていたのです。ですから、こうして実際に一人の方が、それまで縁のなかったギターの世界に入り込み、しっかりとご自分のものにされていることが、本当に嬉しいのです。

日本を離れ、教える仕事も離れ、ギターをさわる時間もなかなか満足にとれない今、またギターを教える仕事に戻れるのか、私には自信がありませんでした。けれども、こうして私のもとから、ギターの世界へと足を踏み入れてくださった方がいたことを、私は誇りに思います。このことを忘れずに、いつかまたギター教師に戻れるよう、日々を大切に過ごしたいと思います。
# by yuko_kodama | 2010-04-18 11:24 | その他の話
バッハ「アレグロ」~その後
新年が明けて、早くも1ヶ月あまりが過ぎ、暦の上では春になってしまいました。
ご挨拶が遅れましたが、読者の皆様、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

下の記事を書いたあと、年末年始は日本に一時帰国しておりました。その際に、長年師事する手塚健旨先生のご指導を仰ぎ、この「アレグロ」においては、結局、迷っていた箇所すべてで、最も易しい運指を選択することにしました。現在も継続して練習中ですが、色々と変化が出てきて楽しくなってきました。

まず、易しい運指に変更したことで、曲はずいぶんと滑らかに進行するようになり、速度もあがってきました。やはり速度と勢いを維持するためには、易しい運指を選択することが必須だったようです。しかし、難しい運指で練習していたことは、無駄にはなっていません。メロディラインのつながりやフレーズの切れ目を意識した運指で練習していたことで、その時のイメージがしっかり頭に残り、新しく変更した運指でも、その時のフレーズ感を強く意識して弾くことが出来ています。なんとなく、「転んでもただでは起きなかった」という、ちょっと得した感じがあります。

新しい運指にも慣れて、暗譜も問題なし。今後は、メトロノームを使って、少しづつ速度を上げる練習をしていこうかと思っています。
地道に少しづつではありますが、この難曲とうまく折り合えそうな、楽しい予感とともに練習している最近です。
# by yuko_kodama | 2010-02-06 14:11 | ギター音楽の話
運指に悩む~バッハ「アレグロ」(BWV998)
だいぶ前からバッハのアレグロ(BWV998)に取り組んでいます。とても難しい曲です。何が難しいか。今私が苦心しているのは、「アレグロ」という速度(または曲の性格)を保持したまま、自分のやりたいことを表現していくことです。

バッハの曲はギターの為に書かれた曲ではありませんので、ギターのオリジナル曲、中でもギタリストである作曲家が作曲した曲のように、最良の運指が楽譜上に明確に指示されているわけではありません。楽譜に書かれた(つまり編曲者が意図した)運指以外の可能性がいくつか存在するわけです。
楽譜に並んだ音符の中から、特に聴かせたい音を意識してフレージングを考え、それに合った運指を考えて練習しているわけですが、その運指が最も簡単(弾きやすい)というわけではありません。

現在師事する先生からは、「この曲はとても難しく、速度も速いので、とにかく出来るだけ弾きやすい方法で運指を考えるべきだ」と言われました。どんなに美しい音が響く運指を考えても、それが「アレグロ」という枠組の中で表現できなければ意味がありません。そして、「アレグロ」という速度で一気にこの曲を弾いてしまえば、運指付けによる響きの違いなど、実はあまり聴き取れないのかもしれない。

それでも、いつか技術に余裕が出てくれば、やりたいことが「アレグロ」の速度の中でも表現できるかもしれないと思うと、好きな運指を易しいものに変えたくない私です。とりあえずは、先生から指示された易しい運指と、自分のやりたい運指とを、並行して練習していこうかと思います。そして、曲の練習以上に、自分の技術そのものを底上げする地道な基礎練習が必要ですね。
# by yuko_kodama | 2009-12-19 11:34 | ギター音楽の話
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